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もずや宗安が運営する和洋服飾のお店『椰子の実』を紹介するページです。http://yashinomi.shop

もずや緞子のはなし

もずや緞子(萬代屋緞子)というのは私の祖先、萬代屋宗安が所持していたもので、一説では義父の千利休から授けられたものだとも言われています。

 

萬代屋宗安に関しては私がブログに書いています。

 

mandai-shi.blogspot.jp

 

萬代家と利休との関わりは深くて、利休の実子、道安の娘は宗安の息子の宗貫に嫁いでいます。

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宗安の嫁が、有名な『お吟さま』で秀吉に横恋慕されて利休が断った為に切腹させられた、との逸話もあります。

 

本やビデオもありますので良かったら。

 

 

      

 

 

でも、この話はウソで、吟は『萬代屋後家』とされていますが、萬代屋宗安は関ヶ原の戦いで西軍に加わり、三成を応援したという史実がありますから、秀吉が居た時代、宗安はまだ生きています。また、堺の南宗寺には、宗安・吟の墓があるとされていますから、添い遂げていますし、当家でもそう伝えられています。

 

 

さて、萬代屋緞子は茶道の世界でも名物裂として知られている柄で、千家十職の土田友湖氏もこの柄の袱紗を造っています。

 

萬代屋といえば、もうひとつ、最近またその名を知られるようになった『萬代屋黒』という茶碗も萬代屋宗安所持であるとされ、その名で呼ばれています。

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初代楽長次郎作とされ、利休が造らせた物だと言われていますが、利休が造らせた物に萬代屋の名前が付いているのは不自然なわけで、これは私が思うに、宗安が長次郎に造らせていたものの『元見本』じゃないでしょうか。

 

萬代屋緞子も萬代屋黒もそうですが、なんでもかんでも利休利休。

あたかも当時、利休しか優れた茶人が居なかったような描き方はちょっと辟易しますねぇ。私にもたぶん利休の血が数滴くらいは入っているのでしょうが、それでもちょっとね。

 

堺・南宗寺にある千家一門の墓えいの中にも『竹渓宗安禅定門』と刻された宗安の墓がありますし、これは宝心妙樹という利休の先妻の隣にありますから、堺千家の後継者は宗安であったとも言われています。

 

気になる方は是非、堺の南宗寺においでください。枯山水の庭があるすばらしいお寺ですよ。

 

宗安から数えて私が20代下がるのだそうですが、子孫はたくさんいて、曾祖父の萬代安次郎が本家当主でした。

 

その後、八十七→好→学と来るわけですが、商人であり茶人の端くれということで、宗安を名乗らせて頂いているという訳です。

 

頼りない子孫でご先祖には申し訳ないのですがね・・・

 

この『もずや緞子』は角帯なんですが、京都の織楽浅野さんに制作をお願いしています。

 

デパートにも出していなくて、直売のみの扱いとさせて頂いています。

 

『もずや』は萬代商事株式会社の登録商標なので、織物に関してこの名前は他社が使用できない事になっています。

 

名古屋帯の幅に織ったものを三つ折りにして造ってあるので、ふんわりしていながらも、キッチリ締まって非常に具合が良いです。

 

これも私が締めて実験しています。

 

世界中、どこの探しても、うちにしかない作品です。

 

要らない事、いっぱい書いてしまいましたが(^_^;)、是非、お試しくださいませ。

 

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